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Monday, 3 February 2020

【2020年1月31日-2月3日(金-月)】 エキアカリふんわり落ちてくる夜 [協力隊306-309日目]

役場の、歳の近いメンバー3人でボウリングへ。隣隣町まで来ると、昔からのボウリング場があるのだ。一年ぶりだったかな。上は125、下は85くらいと、まあまあ悪いスコアであった。


それから居酒屋で飲んで、代行で帰る。やはり同年代だと気兼ねも少ないから、楽しいね。


2月最初の日は、札沼(さっしょう)線エキアカリ。浦臼をはじめ、周辺市町の駅でアイスキャンドルが燈される。


ゴールデンウィーク明けには廃線となってしまう同線。このエキアカリも今年が最後というわけだ。


前日準備もしていたのだが、当日も朝から、役場の方々と一緒に作業。


午後からは人数も増え、着々と準備が進む。地道に作ってくれていた氷の器は、300個くらいになったと言っていたか。倉庫から運び出し、


駅のホームや周辺に配置していく。


メインとなる雪山。ベンチも埋め込まれた。


紙ランタンは、地域の子どもからお年寄りまで、皆さんが作った。350くらいだったか。一つひとつ、雪を詰めて重しにし、並べていく。


専用のキャンドルがあるのだね。昨年はすぐ消えてしまったらしく、今年は良いやつにしたそうだ。


今度はキャンドルを一つひとつ、氷の器と紙ランタンに入れていく。人海戦術だと、サクサク進むね。


女性陣は、ふるまい用の豚汁とココアを調理してくれていた。お鍋にたくさん。


イベント開始前に、みんなでいただく。ずっと外作業で冷え切ってしまった体に、よく沁みて温まる。旨すぎ。


暗くなってきたところで、キャンドルに火を点けていく。ちなみに、いわゆる撮り鉄さんは、毎日のように沿線に何人も訪れている。


ホーム端。ありがとう札沼線。


ホーム中間。


ホーム反対の端。


メインの山。イルミネーションも付いた。


駐輪スペースは、雪かきして通路を作り、雪の小路に。


紙ランタンゾーン。


細やかな力作が、たくさんあった。


全体の中央付近。


紙ランタン側から見た、全体図。


反対側から見た、全体図。写真では微妙だけど、けっこう大勢の人が訪れていた。

そして僕は会場を回りながら、消えてしまったキャンドルに再点火する役目を担う。もちろん気温はマイナスで、風は冷たくて、めちゃくちゃ寒い。厚着してカイロを装備しても、体に応える。ときどき暖を取りながらだ。


駅舎内ではココアの無料配布が行われ、


少し離れたテントでは、豚汁が提供される。


交代要員で、ここも少し担当した。


好評に終わったら、あとは一気に片付ける。火を消して、キャンドルを回収して、紙ランタンは雪を投げて畳んで集めて、諸々の荷物を役場に運んだら終了だ。


週明けの月曜には、キャンドルの分別。使えそうなものは残し、そうでないものは廃棄。アルミ箔だけ燃えないゴミに分けるので、地味に時間がかかった。


あとはベンチを救出し、荷物の片付けなどをし、落着。

たまにこうしたイベントの手伝いをすると、気分転換になるね。シカもいないなか雪の上を歩き続ける毎日で、ちょっと沈み気味だったのだ。
あとは春まで、これといった催しは無いだろうから、まあ適度に息抜きしながらやってこう。


Saturday, 9 November 2019

【2019年11月2-8日(土-金)】 まるであなたが側にいるような 優しさ香る [協力隊216-222日目]

三連休明けの火曜日は、そば打ち体験事業のお手伝い。浦臼町の小学5,6年生および中学1年生は、学校の学習として、学ぶ場があるそうだ。
福井県大野市の和泉地区では、紙漉きがコレに該当していたわけだが。地域性だね。

で、僕は協力隊として手伝いの招集がかかったのである。まずはネギを刻む仕事を仰せつかったので、サクサクと刻んでいく。こういうのは、ムダに器用だ。


そば殻の黒味が混じった、白い粉。


小グループに別れ、そば打ち愛好会の講師に教わりつつ、粉からコネて切ってと作業を進める小学生たち。中学生は後日だ。


細いのから、きし麺みたいに太いのまで様々。個性がある・味がある、と表現しよう。


調理のほうは、大人たちが担当する。そば打ちの会・教育委員会の職員さん・協力隊といった面々で、茹で・水締め・分配・湯煎・盛り付け等をライン作業でこなしていく。
僕は湯煎・湯切り担当だった。福井の道の駅に手伝いで入ったとき、似たようなことをしたな。


まかない。2,3杯いただき、お腹いっぱいだ。鰹のダシがまた良い香りだし、旨い。


水曜はジビエ施設の定休日なので、エゾシカ捕獲は行わない。だからと言って役場の自席でボーッとしてるわけにもいかないので、調査に出てみる。
5月下旬に歩いてみた林道。シカとの遭遇率も低そうだったので夏場は全く来ていなかったものの、こういう機会に再調査。繁殖期とか季節移動期とかで、出てきてるかもしれないからね。


痕跡は複数あった。


足跡も数箇所。数が多いわけではなさそうだけど、2,3頭なら捕獲できるかもね。


それは良いけど、めっちゃ寒い。雪なのか霙(みぞれ)なのか霰(あられ)なのか判別つけがたいモノが、ずっと降り続けている。


木曜も降ってた。捕獲活動に出るも、シカの目撃は無い。最近、シカ運が低いな。


夜には、玉入れ大会に向けた練習、3回目。本番直前の調整となる。1分間で20個くらいは入るようになってきた、白い玉。チームの足を引っ張ることは無いかな。


金曜の朝には、積雪。11月上旬でこんなんなるという概念が無いので、頭と体の理解が追いついていない感じだ。福井でも、12月に入ってからくらいじゃなかったかね。


この日は、中学生のそば打ち体験。朝一で缶コーヒーをいただいたが、このロング缶というやつを選ぶ人は珍しいほうらしい。若いときは良いけど、歳を重ねると甘くて飲みきれないそうだ。拙者は甘党なので。


会場設営。このテーブル、一台で高低2パターンできるんだ。便利。


子どもたちが打つ分だけでは足りなくなるので、愛好会の方々も打つ。見事な手捌き。


中学生が来て、その他の大人も加わって、賑わう。
まかないは3.5杯くらいいただいて、今回も満腹。


帰宅時には、足跡が残るくらいに積もっていた。


これから半年ほど、白い花との付き合いが始まるのだね。


Friday, 27 September 2019

【2019年9月21-27日(土-金)】 今 僕のいる場所が 探してたのと違っても [協力隊174-180日目]

毎月第3土曜日は「だれでも食堂」の日。先月に続き、今月も個人的にお手伝いに来た。


「だんしー(男子)」と呼ばれ、厨房へ。カボチャを切るという大役を仰せつかった。力が要るし、危険も伴う作業。ボランティアスタッフほぼ全員ご婦人なので、これは僕がすべき仕事だ。3玉やっつけた。
押さえていた左手が痛くなったけど、しかし世のお母さんたちは人知れず、この苦労をしているわけだ。感謝しようね。


今回のメインディッシュは、青椒肉絲(チンジャオロースー)。調理担当の方々が、手際よく炒めていく。


開始は11時半だけど、早い人は11時前から。楽しみにしてくれているのだね。以降は、ぼちぼちお客さんが訪れる。


三連休ということもあってか、人は少ない。家族連れはおらず、ふだん来る子どもたちも少なく、ピーマンが原因かもという声もあった。


それでも25人ほどに提供したら、スタッフみんなで遅めのお昼ご飯。僕だけ大盛りにしていただいた。ありがたい。愛情こめて切ったカボチャは、サラダに。わいわいお喋りしながら、おいしく平らげる。


次回、10月のメニューは豚汁。文字通り誰でも歓迎なので、お待ちしている。


食堂のあと、夜には小一時間ほどの隣隣隣隣町へ。10月から稼動する食肉加工施設について、猟友会の皆さんに対する説明会があったのだ。僕はアシスタントとして、機材関係やスライド切り替えや質疑応答などを担当。


日曜には、とある浦臼の方のお宅にお呼ばれ。こちら、ユウガオの実なのだが、これが何になるのか分かる方は素晴らしい。ハグしてあげよう。


輪切りにしたら、桂剥きの要領で薄く長く切っていくのだ。


こんな感じで。根気のいる作業だけど、僕には向いている。たくさん切ったら、


干す。そしてこれが、かんぴょうになるのである。知らなかったね。良い経験をさせていただいた。


で、お昼ごはんもご馳走になってしまった。満腹です。


さらには自家栽培のトマトを狩らせてもらったり、


オクラの花なんて初めて見たり、


お野菜をたくさんいただいてしまったりした。助かるし、心遣いがありがたい。


休みは明け、こちらは減量化施設。木材チップ等に特殊な菌も混ぜ合わされ、一部は白く変色している。


発酵が進んでいるのか、温度は高い。もわん、とした室内には蒸気も確認できる。


ヘクサンボだ。いや、北海道では普通にカメムシと呼ぶようである。福井では春と秋に大量発生していたけど、こちらでは全然。たまに見かける程度だ。格闘していた日々が懐かしいな。


これは、食肉加工施設の一次処理車。シカを捕獲したら二時間以内に施設へ搬入しないといけないルールなのだが、それが難しい遠方などでは、こいつが活躍する。


車内で内臓を摘出し、冷蔵運搬するというわけだ。山の中など現地で処理するのは、食肉にする場合、衛生上ダメなのである。


当然だが、食肉加工施設も完成している。中を見る機会があったけど、まだ公開して良いのかは分からない。とりあえず、ここは一次処理室だ。


さて、週末の土日には、新そば収穫祭が開催される。ぼたんそば、という珍しい品種を用いて、各市町のそば同好会等が手打ちするのである。


その会場設営作業。8月の「味覚まつり」同様、簡易なテーブルとイスを設営。相変わらず陣頭指揮する人がおらず段取りが悪い、と皆さん口にしていたが、浦臼町の特徴なのか北海道の文化なのか。


テントを建てたり、


のぼりを設置したり。ほぼ一日作業となった。


さてこちらは、北海道生活という雑誌の10・11月号。の別冊。浦臼町を含めた24市町、空知(そらち)と呼ばれるエリアの特集が組まれている。


実は6月に取材を受けており、移住者として紹介されている。まあ当時は引っ越してきて三ヶ月だから、深い質問もされていないし、実際ページの半分だけだし、頭数を合わせたに過ぎないんだけど。
他の人たちは皆、店を開いたとか新規就農したとか所帯持ちだとか、「ちゃんとした」人たちだ。僕だけ、載るだけ恥ずかしい感はあるよね。

あんまりネガティブなことをブログに書きたくないんだけど、浦臼に来て半年、ずっとモヤモヤし続けているのだ。地域には未だに馴染み切れず、シカを獲りに来たはずなのに獲るなと言われ、猟友会からは目の敵にされ、そんなこんなあって蔑ろにされている感は拭えず、イライラが募ったせいか懇意にしてくれていた人とはギクシャクしたりして、その他もろもろ諸々。

最近、福井に帰りたい病が進行してきている気がするな。あの温かい場所は、今でも僕を待ってくれているだろうか。でもいま帰っても、生活の基盤も何も作り出せないんだよな。
いま何に耐え、何を生み出し、何を学ぶべきなのか。腐らず、見極めていかなければ。

きっと答えは一つじゃない、か。